ディスクブレーキの三法則

ディスクブレーキの三法則


2024年 03月 29日

 高名で年配の科学者が可能であると言った場合、その主張はほぼ間違いない。また不可能であると言った場合には、その主張はまず間違っている。

たまたま前夜に読んでいた漫画の名言をふんだんに散りばめたリムブレーキの終わりという記事に思ったより多くの反響を頂きました。 

 重要なことを書いていなかったのですが、スポーツ自転車産業がディスクブレーキ化を推進したのはリムブレーキではせいぜい28Cまでしか対応しないので、もっと太いタイヤを履きたいという欲望から始まっています。僕が2010年にフルオーダーしてロードバイクを作った時、BORA ULTRA TWOにはチューブラーの19Cを貼りました。確かwiggle(RIP)で安かったのと、細い方が軽くていいだろうと思ったのです。当時の主流は既に23Cでした。僕は今よりもっと何もわかっていなかったのです。

時は流れ2013年頃辺りから23Cより25Cの方が速くてグリップするという説が業界で流布され始めます。僕は正直、タイヤが太い方が速いなんてウソでしょと思いました。だってトラック競技では19Cみたいな細いタイヤを使っている訳だし。しかし、2019年にカンペナールツがアワーレコードに挑戦して新記録を樹立した時のタイヤは19Cでしたが、2022年に56.792kmを走ってあのクリス・ボードマンの記録さえ破ったフィリッポ・ガンナは25Cのタイヤにラテックスのチューブを入れていたと言われています。

結局この後、僕は23Cから25Cに履き替えてから、もう二度と23Cに戻ることはありませんでした。そして、28Cから30Cに履き替えた今、もう28Cに戻ることはないとさえ思います。ポガチャルに至っては30Cのタイヤでストラーダビアンケで勝ってしまいました。最近のワンディレースでは毎度のように過去最高平均スピード樹立というのが話題になります。もちろん、トレーニングや戦術の進化により速度が上がっている側面もありますが、TLRホイールシステムと幅広タイヤも大いに寄与しているはずです。

ただ、正直に言うと僕自身でさえ、太いタイヤの方が速いというのは、今でもどこか信じていないのです。人間の思い込みというはそれくらい根が深いのです。

 可能性の限界を測る唯一の方法は、その限界を少しだけ超越するまで挑戦することである。

ただ、すんなりとディスクブレーキはプロトンで受け入れられた訳ではありませんでした。2015年からUCIは試験的に導入を試みたのですが、2016年のパリ〜ルーベでフランシスコ・ベントソが前走者のディスクブレーキのローターによる怪我を主張し、UCIはこのテスト採用を中断してしまいます。翌年の2017年から再びテストを再開し、2018年には正式に採用されています。

これは本当に不思議な話ですが、2016年のテスト採用期間には多くの選手がディスクブレーキのローターを原因とする怪我の発生を報告しました。2017年にはSKYの選手がキッテルのローターでシューズをカットされたと主張する事件が起きています。今はどうでしょうか。大規模な落車は相変わらず発生していますが、ローターで怪我をしたという報告は聞きません。もちろん、メーカーの努力によりローターの形状が怪我しにくいように改良されたのも大きいと思うのですが、僕の考えでは当時のディスクロードの完成度が低すぎたせいだと思います。選手達は心底当時のディスクロードが嫌いだったんだろうと思わせるエピソードです。

具体的には車体がそもそも重い、乗り味が固いなどあらゆる面で洗練が足らなかったのです。クリス・フルームは最後までディスクロードに抗った一人ですが、彼は下りでブレーキを多用するとローターが熱で変形してパッドにタッチすることを非常に嫌っていました。これは現行のデュラエースでより広いパッドクリアランスと、よりフレが出にくいローターが開発されたことに解消され、今ではディスクブレーキのバイクに乗っています。

同じようなことは29erが登場した時に起こりました。ゲーリー・フィッシャー氏が2001年に29erを「再発明」してマーケットに問うた時、そこまで人気にはなりませんでした。理論としては29インチの方が26インチより優れているのは間違いないものの、それ以前にジオメトリーがまだまだ洗練されておらず、ホイール規格も強度が足らず、なによりサスペンションフォークとタイヤのバリエーションが不足していました。しかし、親会社のTREKは10年間我慢して29erのバイクをマーケットに投入し続け、最後には勝者となるのです。非上場企業であるTREKらしいエピソードだと思います。もし上場企業であれば株主からの圧力で売れていない製品に投資を続けることはできなかったでしょう。

これはMTBレジェンドのジョー・ブリーズが80年代に発明したハイライトと呼ばれるもので、走行中にQRを緩めてシートを上げ下げできるというデバイスで、ドロッパーポストの始祖です。僕がMTBを初めて買った1989年の時点でも既にクラシックパーツ感が出ており、絶対に使いたくないパーツの一つでした。というのは当時、サドルを下げるのはダサいという文化があったのです。常に同じサドル高さで登りも下りも超速いジョン・トマックのようなスタイルが神とされていました。あと、ピラーを上げ下げすることによってピラーに傷が入るのがイヤでした。

反省のため、このハイトライトの入墨を額に入れたいくらいなのですが、当時十代の少年だった自分の偏狭さが恥ずかしいです。2004年にマーヴェリック社はこのハイトライトのアイデアを推し進め、スピードボールという手元でコントロールが可能な油圧式ドロッパーポストを開発し、この技術は2008年にクランクブラザーズ社がライセンスを受けるとあとはご存知の通りです。MTBにはもう欠かせないコンポーネントになりました。MTBはおろか、ロードレースのミラノ〜サンレモでモホリッッチが採用してポッジオの下りでアタック、勝利するとは思いませんでした。

今、僕が注目しているのはフックレスのチューブレスホイールシステムと、1Xの変速系です。今季、ZIPPのホイールが連続でロードレース中に爆発し、同社から28Cではなく29C以上表記のタイヤを使用するよう声明が出ました。改めてフックレスという構造に対して選手側から疑問が出ていますが、この流れはディスクブレーキのテスト採用期間中とまったく同じもので、おそらくは1年ほどで技術的に解決されて安全に使用できるようになるでしょう。

1Xの変速系は今季もTeam Visma | Lease a BikeなどSRAMコンポを供給するチームがステージによって2Xと使い分けをしていますが、SRAMはシマノに到底太刀打ちできないフロント変速という分野で逆転するため、MTBで通った道と同じ、FDそのものを無くしてしまおうという野望があるようです。1Xの方が軽くなる、チェーンラインが良くなる、伝達効率が良くなるなどの利点があるのですが、競技での利点以上にミドルからローレンジのもっと大きなマーケットでこの戦略が効果的であるというのをSRAMは知っています。

MTBというスポーツはフロント変速機を消し去ったおかげで機材として圧倒的に良くなりました。軽量化やタイヤクリアランスの向上、より高いサスペンションデザインの自由度など色々ありますが、特筆すべきはフロント変速機のためのシフターを操作する必要がなくなったことです。実はフロント変速機は初心者にとって鬼門とも言えるもので、チェーン落ちを怖がってなるべく変速しないとか、インナーしか使わないみたいな人が意外と多いのです。そのせいでスポーツ自転車業界は多くの潜在的参入者を失っていたのですが、13速の時代にはシマノでさえフロント変速機を取り払ってMTBもロードバイクも1x13という変速系になる可能性が高いのではないでしょうか。

1Xの話になると必ず出てくるのがAqua Blue Sportの話です。2018年の途中でチームが分解し、所属していた選手がぶっちゃけています。この場合は3Tのバイクが単純にトラックバイクにギアを付けただけで、乗れたものじゃなかったようです。また、チェーンリングは50Tのみでチェーンウォッチャーすらなく、カセットは10-40Tだったとか。かなり野心的だったとは思いますが、今なら44Tのカセットもあるし、ナローワイドのチェーンリングももう少しバリエーションがあるので、状況は良くなっていると思います。これも29erやハイライトと同じ、アイデア自体は革新的でも、足りていないパズルのピースが多かった例です。

1Xの普及とワイドリム。太いTLRタイヤの本格普及で花咲いたのがグラベル文化です。コンペティションの世界ではUCIがグラベルを正式に世界選手権の種目として採用し、カンザス州の荒野で開催されるグラベルレースはあまりの人気でエントリーが抽選となっています。ツーリングの世界ではULギアを積み込んで旅するバイクパッキングというスタイルが誕生しています。

グラベルバイクのカテゴリーは頭打ちが著しいロードバイクとは違って今でも成長していると言われており、ディスクブレーキ化とファットタイヤ化が達成されていなかったらこの業界はどうなっていたんだろうと思います。業界の救世主でもあり、一般ユーザーにとっても福音であったディスクブレーキの功績はこういうことです。

 十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない。

 ここまで書いてもなお、おまえは業界の犬だという声が挙がるのは仕方のないことです。何より僕自身でさえタイヤが太い方が速いという理論に未だうっすらと疑問を持っているくらいなので。

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2件のコメント

ロードバイク界がディスクブレーキ化を積極的に進めた理由の一つが、リムブレーキ用のカーボンホイールのブレーキ性能が思っていたほど改善出来なかったことだと、自分は思っています。ブレーキキャリパーの制動力だけで言えばダイレクトマウントブレーキはかなり良いですがリム側の耐久性や剛性に限界がありますし、当時はタイヤの主流が23c~25cだったので生かし切れてなかったように感じます。

hirosiosita

僕は古いMTB、シクロクロス、ロードをそれぞれレース外で趣味で乗っており、最新のロードとグラベルバイクはそれら古い自転車の「悪い所」を徹底排除した「良い所のキメラ」のような乗り物ですね。「太いタイヤのメリット」は想像するに「走るラインを選ばない」だと思います。 19Cチューブラーのような細いタイヤで、つねに路面の凸凹をガン見しながらラインを選びバイクコントロールに意識を奪われる、なんてよりも、ファットタイヤでおよそのラインをトレースすればあとはガンガン踏めるというほうが、実際に足のパワーも出やすいのではないでしょうか。

nerd

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