新技術によるビルダーたちの挑戦

新技術によるビルダーたちの挑戦

投稿日 2024/11/30

はじめに

この原稿は2023年10月2日に今は亡きLa routeにて公開されたものです。2024年11月29日でLa routeが閉鎖されたことに伴い、あとがきを加筆して2024年11月30日に弊社のウェブサイトに転載、公開したものです。

本当のトレンドはどこにある

ロシアのウクライナ侵攻で注目された諜報活動の手段としてOSINT=オープン・ソース・インテリジェンスがある。これはウクライナ、ロシアの双方から発信されるTikTok、テレグラムなどのソーシャルメディアや、グーグルマップの衛星写真などの公開情報を元に、プロパガンダを乗り越え、オープンソースで実際の戦況を読み解くものだ。誰もがスマホを持ち、兵士から市民まで瞬時にリアルな戦場の模様を発信できる時代ならではだが、自転車レースも全く同じ状況にある。

自転車レース、特にグランツールは3週間に渡ってほぼ毎日200km近い距離を走るというレースの性質上、展開を知るのが難しい。TVはせいぜい逃げ集団とプロトンを中継するのみで、終盤の狭い道で決定的なアタックが決まった瞬間などは空撮の遠い映像しかなく、モトのカメラマンによる写真が残っていないことも多い。しかし、最近はスマホに搭載されたカメラの解像度も上がり、レンズも明るいのでプロ顔負けの決定的な瞬間が観客によって撮影されてソーシャルで話題になることがしばしば起こる。レースの展開は即日YouTuberによって解説され、密かに投入された新機材の分析もRedditなどのフォーラムで行われる。全ては集合知によってほとんどすぐに丸裸にされてしまい、我々はそれを自宅の布団の中で知ることができる。

なら、メディアは現場に行かなくてもいいのだろうか? もちろん否だ。ソーシャルメディアが発達した今、一次情報こそがますます重要になりつつあると筆者は感じている。機材にまつわるトレンドもソーシャルメディアを丹念に追っていれば、ほとんど手に取るように分かるので、まさにOSINTだ。しかし同時に、トレンドというのはメーカーが完全にコントロールできない側面もあるし、アンコントローラブルな所に面白さがある。ツール・ド・フランスでトップ選手が自費で購入したり黒く塗って使用するパーツをチェックする面白さと根本は同じだろう。そこには本当のトレンドが垣間見える。誰かが現場に行き、重箱の隅を突っつかないといけない。

という訳で、今回は4月のシーオッター・クラシックに続きMADEに行ってきた。

NAHBSの後釜的存在

MADEの説明をするには、まずNAHBS(North American Handmade Bicycle Show)から始める必要があるだろう。NAHBSはベテランのフレームビルダー、ドン・ウォーカー氏によって2005年から開催されていたハンドメイドバイシクルの展示会で、かつては時代を作ったと言えるほどの影響力を誇ったものだ。過去形で紹介しているのは理由がある。2020年と2021年の開催はパンデミックを理由にキャンセルされ、2022年は開催が模索されたものの、出展申し込みがあまりに少なく、ビジネスとして成立しないという理由で再びキャンセルされた。つまり、NAHBSはフレームビルダーから求められなくなったのだ。

しかし、ハンドメイドバイクの人気がなくなった訳ではない。入れ替わるかのように登場したのがスポーツ業界を得意とするPR会社、エコー・コミュニケーションによるMADE だ。既に自転車業界に多くのクライアントを持つため話が早い。良くも悪くも家族的に運営されていたNAHBSとはこの点が決定的に違う。しかも、開催地は2008年にNAHBSが開催されたオレゴン州ポートランドだ。筆者も参加したこの年のNAHBSは忘れられない。世界的にトラックバイクがブームになっていたこともあり、まさに熱狂的でこの年からハンドメイドバイクの大きなうねりが起こり、新しいフレームビルダーが増えたように思う。

第一回となる今年のMADEは、ポートランドの南北を流れるウィラメット川沿いで開催された。会場は船舶解体に使われていたジデルヤードで、第二次世界大戦後には多くの米海軍籍から外れた艦艇を解体しており、30年間で336隻を解体した全米最大の解体業者だったという。大規模な破壊が行われていた現場で創造的な活動が行われるというコントラストが面白い。

日程は8月24日(木)がメディアと業界向け、25日(金)~27日(日)が一般向け。以下、MADEのレポートをお届けするが、BikeRadarなどで見られるような、ショーの全体の内容を写真を交えつつバランス良くカバーした普通の・・・内容ではない。どちらかと言うとハンドメイドバイク好きが世界最高のフレームビルダー達に直接なぜなにをぶつけた記録として楽しんでほしい。

キーワードは「タイ」
ショーは4日間の日程だったが、会場に行ったのは3日間のみで、それもそれぞれ数時間ずつだった。この時期のパシフィックノースウェスト(太平洋岸北西部)の天気は素晴らしく、カナダのブリティッシュコロンビア州で大規模な山火事があった影響で若干靄がかかっていたものの、いくら自転車が好きでも薄暗いヤードで自転車を見てるだけというのは無理だ。自転車に乗らない方が間違っている。なので土曜日はマウント・フッドにMTBを乗りに行った
木曜日は軽く一通り会場をチェックし、金曜日と日曜日の2日間で気になるバイクを見つけると、片っ端からそこに立っている担当者に話を聞いてみるというスタイルで取材を進めたが、初日の数分でこのショーの傾向がはっきりと見えた。チタニウムだ。

「チタニウム」は和製英語で、アメリカではタイタニウムと言わないとほぼ通じない。また、多くのフレームビルダーは略して「タイ」と言う。このチタニウム、厳密にはチタニウム合金製チューブを採用したバイクをショーで多数見たのだ。チタンバイクはカルト的な人気を維持してきたが、ここにきて肌感としてはスティール製バイクと同等以上の数のチタンバイクが展示されるようになった。この謎は紐解かねばならない。

まずはアメリカのオリジンに敬意を表してマーリンから。このニュースボーイというビーチクルーザーはオリジナルが1994年に100台限定で販売され、現在では最も高値で取引されるビンテージバイクの1台だ。30年後の現代に29erとして復活した。単純にホイール径を大きくしただけではなく、シートステーとシートチューブの接合部やBBヨーク(チェーンステーとBBの接合部)に3Dプリントしたパーツを採用している。これにより製造上の困難を大きく改善させたという。弓なりが綺麗なチューブはどうやって曲げたのか? と聞くとそれは企業秘密だそうだ。

往年のMTBファンに懐かしいDEANもこの横に展示されていたが、同じJANUSという会社の傘下で、DEANはバテッドチューブを使用しない、より買いやすい価格のバイクという位置づけになる。DEANの方が重いのか? と聞くと、「軽いプレーンチューブがマーケットたくさんあるため、フレームをただ軽くするだけなら、それらを使えば簡単だ」とのこと。重量ではなくライドクオリティでブランドを分けている様子がうかがえる。現在は両ブランドともにコロラド州にて製作される。

新潮流としてのチタン

既に南カリフォルニアの大御所とも言えるスティナーが持ち込んだチタニウム製MTBはブレーキホースが内蔵されていた。内蔵に関しては議論があるが、個人的には好ましい。ホースが外に出ているから、トラブルが起こるのだ。洗車もしやすい。サービスするのが困難という意見があるが、ほとんどの人が自転車店に任せる訳で、ユーザーレベルでデメリットはないはずだ。このように、クリスキングはメタルバイクで違和感なく内蔵するためのヘッドセットを、トムソンは内蔵ハンドルバーをラインナップに持つ。

もちろんスティナーはグラベルバイクもホースを内蔵している。若干意地悪な質問だが、ここまで太いタイヤを履かせるとほぼMTBだし、グラベルバイクとオーバーラップする部分が多いが、MTBとの違いは? と聞いたところ、大きな違いはヘッドチューブアングルとリーチだという。MTBはグラベルバイクよりヘッドアングルが寝て、リーチが長くステムが短い。

スティナーは全モデルでスティールとチタンから素材を選択できる。チタンは溶接する上でコンタミネーション(大気、油分、水分、金属粉などの汚れのこと)を嫌うので、フレーム製作のための工具をクロモリ用と使いまわしたりするのはご法度だ。扱う素材を変える時は徹底的に洗浄、もしくはチタンのみの生産ラインを別で持つ必要があり、資金力が問われる。そのため伝統的にチタンは専業のブランドが多かったが、これからはそれも変わるかもしれない。

NAHBS時代から美しいチタンバイクを見せてくれたモザイクのハードテイル。ヘッドアングル67度と今の基準ではかなり立っており、サスペンションフォークも120mm想定でパッケージ自体は一昔前のトレイルバイクと言えるだろう。
このようなバイクが生まれた背景にはグラベルバイクの流行がある。グラベルバイクのタイヤがどんどん太くなり、「もはやMTB」と揶揄されるほどになったが、現在マーケットで買える大手ブランドのハードテイルは下りに特化したヘッドアングル64~65度辺りのスラック&ロングホイールベース、もしくはヘッドアングル68度前後の純XCOレースバイクの二択にあるため、このモザイクはその中間を狙ったように見える。

このモデルはトレイルライドはもちろん、ウルトラロング・ディスタンスのグラベルレースや、バイクパッキングまでも視野に入れたモデルで、少し古めのXCバイクに見えるものの、UDH採用の最新スペックを持つ。こういう極めてニッチなバイクがハンドメイドバイクの醍醐味だ。

チタニウム素材の3Dプリンター製パーツについてモザイクの担当者に聞いてみたが、その口ぶりは重かった。会社として当然テストはしているが、今のところは採用する予定はないとのこと。また、最近はグラベルバイクに使われることも多い、話題の新規格であるスラムのUDHについても聞いてみたが、次世代のRedで採用されるかどうかは懐疑的で、「少なくともMTBと全く同じ規格にならないだろう」「UDHを使った新しいMTBの変速系であるトランスミッションは確かに変速のショックは少なくなったが、変速スピード自体はDi2の方が上で、グラベルバイクで主流になるのか分からないが、我々はスラムが新しく投入した新しい技術は試してみるしかない」と最後は諦観が見えた。

なぜチタンバイクが急増したのか

ポートランドでチタンと言えば最初に思い浮かぶのがTi Cyclesだが、デイブ・レヴィ氏御本人がブースに駐在していたので、現在のチタンバイク、そして3Dプリンティング技術について聞いてみた。レヴィ氏は1986年からフレームビルダーとして働き、1990年にTi Cyclesを創業したレジェンドだ。

まず、今回のMADEでここまで多くのチタンバイクが出展されている理由だが、簡単に言うとチューブの入手性だ。かつてはベンドしたシートステーやチェーンステー、バテッドチューブをフレームに採用したければ、まず自分で曲げるためのベンダーを作ったり、チューブを削ったりする必要があった。つまり、そこに余分なコストと時間が必要だったため、そのコストをフレームに上乗せして販売して、なお十分な利益を残すのは困難だったというのだ。現在ではチューブメーカーが多種多様なチタンチューブをラインナップしているため、カタログから好みのチューブを選んでクリックしてオーダーすれば工房に届く。

イギリスからは自転車用チューブの老舗、レイノルズが出展していた。上の写真はレヴィ氏がレイノルズとの協業で作った3Dプリントされたチタン製エンドだが、左右ペアで$542で販売されている。3Dプリントの技術が進み、レジャー用の自転車に採用できる価格にまで安くなったのだ。
氏は次第に熱を帯び、熱く語ってくれた。90年代のチタンバイク最盛期にはアメリカ国内に80のブランドがあったそうだが、2000年に入ったころにはそれが20ほどにまで減ってしまったという。しかし、チューブの入手性、3Dプリンティング技術の発達で再びチタンバイクのマーケットにフレームビルダーが戻ってきているという。

出展していたもうひとつのチューブメーカーはイタリアのコロンバスだ。ミラノから来たフェデリコ氏が説明してくれたが、コロンバスもチタンフレームの盛り上がりを受けて、同社の伝説的なチューブセット、ハイペリオンを復活させた。90年代を通じてビアンキなどのメーカーに供給され、プロレースでも使われた。つまりマルコ・パンターニも駆った由緒正しいチューブだ。同社のアーカイブを参照して伝統的なシェイプやベンド持つモデル、新しくデザインされたモデルまで多種多様なバリエーションを揃える。

コンポーネントメーカーとしての側面も持つコロンバスだが、マッチョなフォルムを持つカーボンファイバー製バイクのためにデザインされたパーツが、スティールやチタンなどスリムなフォルムのメタル製バイクに似合わないという声を受け、ハンドメイドバイクによりマッチするパーツ群をリリース。ブレーキホースはハンドルバー、ステム、フォークコラムに内蔵することができ、コラム形状は強度も剛性も見た目も損なわないという。チタン製チューブにしても、きっちりハンドメイドバイクのトレンドにキャッチアップしてくるのはさすがだ。

ニューヨーク州にショップを構え、3Dプリンティングなどの一部を除き自社でフレーム製作を手掛けるチタン専業ブランドがNo.22だ。創業10年に満たないものの、2019年のNAHBSでグランプリを獲得しており、その実力は証明されている。リアエンドは当然、ステム、ISP(インテグラルシートポスト)のトッパーまで徹底的に3Dプリンター製のチタンパーツを採用する。カットサンプルのステムを見ると、思っていたより複雑な内部構造に驚かされる。なお、エンヴィのハードウェアを採用したシートポストのトッパーは$400で販売されている。

各ビルダーの意欲的挑戦

ジョナサン・ホーネルケネディ氏が手掛けるフレームワーク。トロント近郊のハミルトンにマシンショップ(工房)を構え、航空宇宙産業に携わってきた。日本から来たと伝えると、日本製のマシニングセンターを多く保有するという。それも、米法人がアメリカで生産した個体ではなく、日本で生産されたものを好み、「その方が精度が高い。日本人のクラフトマンシップがそこにある」とまで語ってくれた。
ラグ、エンド、BBシェルなど全てアルミCNC 製で、チタニウムを採用しないのは同じサイズで作った場合はアルミの方が強く軽いからという明快な答え。3Dプリンターで製作したパーツを採用しない理由は、マイクロスコープで確認すると細かい穴が多数あり、自転車で採用するには強度に不安があるからとのこと。

同社はアルミ製のラグとカーボンのチューブを接着する、いわば伝統的な手法でフレームを製作するが、驚くのはそのカーボンチューブさえも自作していることだ。カーボン繊維を巻きつけるためのフィクスチャーから自社内で製作している。
自社製のクランクとチェーンリングも展示されていたが、自作BBシェルも含めて全てアルミCNC製で、精度が完璧であるためベアリングに与圧する機構が不要で、プレスフィット方式のBBにベアリングを圧入してクランクをインストールするだけで驚くほどスムースに回転する。

フレーム/フォーク/ヘッドセットの価格はカナダドルで$5,000なので約55万円。思ったより安い。これは単純に最も高コストでフレームの原価に反映される人件費が安いからだという。材料をマシンにセットすると約30時間で完成し、それらをジグの上で接着するとフレームになる。フレーム重量は1,100~1,250gの範囲で、決して超軽量ではなく、空力に優れている訳でもないが、現在主流のカーボンフレームより遥かに自由度が高く、頭の中にある理想的なジオメトリーを実現する価格としては格安に感じる。既に日本からも受注しているそうだ。

コロラド州デンバーのフラックスカスタムズ。元々はペイントショップだったが、現在ではフレーム製作に進出。写真は、オーナーが自身のために製作、塗装まで手掛けたウルトラロング・ディスタンス用のバイク。GRXのブレーキレバーとXTRの変速系というあまり見ない組み合わせだが、ここまでタイヤが太くなると外径も大きくなり、一般的なロードバイクに使うギア比だと重くなりすぎるため、これが最適だという。

Di2のバッテリーはヘッドチューブの後ろ側からケーブルが引かれ、自社製のフレームバッグに収納される。コラムやフレームに内蔵しない理由は、交換用のバッテリーを持ち運ぶためだという。充電ケーブルは意外と重く、かさばるため余分のバッテリーを持つという選択だ。
ハブダイナモとLEDライトを装備する。ヘッドチューブは一部カットされ、カーボンのインサートが接着される。華奢なモノステー構造をもつフレームはチタン製で、シートチューブはカーボンだ。

意欲的なスティール製フルサスペンションバイクの数も少なくなかった。20年以上に渡り、多くのフレームビルダーがこのパッケージに挑戦してきたが、高性能かつ実用レベルで軽量なモデルの商業化に成功した例は少ない。フレームビルダーやバイクデザイナーにとっては挑戦しがいのある車種だ。ウィル・ヒルジェンバーグ氏のアルバトロスは、アポジー・モジュールと呼ばれるモジュラー式サスペンションをフレームに採用することで、この難題に一つの回答を示した。リヤサスペンションは通常車種毎に設計されるが、予め用意されたこのリヤショック/リンク一体式モジュールを用いることで、ハンドメイドフルサスバイク製造のハードルを下げることが可能になる。

このモジュールを採用することにより、新規格への対応やサスペンションセッティングの変更など、バイク自体を容易にアップデートすることができる。フレーム素材もスティールである必要はなく、アルミでもカーボンでも対応可能だ。モジュールにはショックとリンク一式がコンパクトに収められているのでバイクの低重心化が可能で、フレームの前三角内のスペースを大きくでき、小さなサイズでもボトルケージのための場所を確保できる。

アポジー・モジュールの製作を担当したヒューストン・プレシジョンのコリン・ヒューストン氏。マシンショップを持ち、普段はアップルやグーグルのような会社から依頼されてプロトタイプを作っているという。アポジー・モジュールは現在テスト段階で、2024年夏の販売を予定している。

カナダのブリティッシュコロンビア州から来たアレックス・ソートン氏によるアーチボルドは伝統的なスティールをフレーム素材に採用しながらも、ピニオン製ギアボックス搭載のハイピボットという最新のトレンドを詰め込んだ一台だ。変速システムをBB周辺にまとめることでマスの集中化、リヤディレーラーを廃することでクラッチ機構によるフリクションロスの低減、チェーンのばたつき音の解消などのメリットがあり、ハイピボットと相まって極めてスムースな乗り味になるという。

リンク部は多くのスティール製ピースで構成されているので、溶接による歪みの影響について聞いてみたが、銅素材のヒートシンクを多用することにより歪みを生じさせずに溶接することが可能だという。フレーム価格はカナダドルで$5,750なので約62万円だ。ギヤボックスとリヤショックが含まれる。

MADEで出会った日本人

こういう展示会では日本人であるとか、日本のブランドだから、ということで特別視されることはないが、個人的には日本発のブランドが出展しているのは嬉しいものだ。ポートランドにも拠点を持つシムワークスはプロトタイプのオールロード、ワンダラーを展示。日東のハンドルバー/ステムや三ヶ島のペダル、本所工研のフルフェンダーなど日本のパーツメーカーをアメリカのマーケットにいわば「再紹介」した功績も大きい。

念願のドロップアウトを製作したと見せてくれる代表の田中慎也氏。UDHへの対応を聞くと、「そういうのはもう捨てた」という潔い回答が帰ってきた。フレームビルダーによっても見解が分かれるが、グラベルバイクやツーリングバイクにUDHは”Over Kill”だという声もあった。オーバースペックのことをアメリカではこのように表現する。

テキサス州オースティン在住の冨井 直氏が手掛けるTomii Cycles。フレームビルダーはアーティストだと筆者は考えているが、冨井氏もまさしく芸術家だ。今回持ち込んだリムブレーキのロードバイクはもう1台のグラベルロードよりも圧倒的に来場者からの反響が多かったという。もうリムブレーキのバイクはマーケットにある完成車を買うのではなく、わざわざオーダーして作る時代になったのだ。
冨井氏が自ら手掛けたステムキャップはターコイズがインレイされたり、サボテンが彫金されるなどテキサスのヴァイブスを伝えるもので、まさに自転車用ジュエリーだ。来場者からも熱い視線を浴びていたが、今後は名古屋のサークルズで買えるようになる。フレームのオーダーに関しては直接連絡をしてほしいとのこと。

現場でしか聞けない“生の声”

北カリフォルニアのW.H.ブラッドフォードはブラッド・ホッジズ氏のブランドで、NAHBSでも常連だった。このMTBは27.5インチのセミファットで、ロング&スラックなジオメトリーという大手完成車メーカーが手掛けないような構成で、早速UDHとSRAMのトランミッションを採用している。3DプリントされたBBヨークを採用しており、ホッジズ氏はこの技術には未来があると言う。UDHの未来はどうなのか? と聞いてみると、”Good question”から長い説明が始まった。

このバイクはシートステーを曲げてホイールを逃げることによりチェーンステーを短く設定しているが、SRAMはトランスミッションが正しく変速するためのディメンションを指定しており、そこから外れると正確に変速しなくなるという。MTBでは昔から取り回しを良くするためにリアセンターを短くすることはよくあるが、SRAMのトランスミッションと短いリアセンターとは相性が悪い。

さらに、このバイクは27.5インチであるためリヤディレーラーのロワー側プーリーとリムが恐ろしく接近している。昨今リヤディレーラーもサイズが大きくなったため、地面とのクリアランスがかなり近く、26インチのダートジャンプ用のバイクで使うのは厳しいと思わせる。ホッジズ氏曰くトランスミッションはごく一般的なジオメトリーを採用して量産するカーボンフレーム向けのコンポーネントで、ニッチを狙ったハンドメイドバイクのジオメトリーには不向きだとまで断言した。

こういったフレームビルダーの生の話というのはネットにはあまりない。そもそもフレームビルダーを職業にする人はソーシャルでの発信に積極的ではない人が多く、せいぜいインスタグラムの、しかもストーリーズで断片的に写真を発信する程度だ。その割に、こういった展示会で本人を捕まえて話を聞くと、話が止まらない人が多く、そのギャップが面白かった。やはり最先端のトレンドは現場からしか得ることができないと改めて思った。

サプライが分断し、あらゆるものが入手困難だったパンデミック期はフレームビルダーにとってかなり厳しい時代だった。そのためハンドメイドバイクの世界は衰退へ向かったのではと危惧していた筆者だったが、まったくの逆で、むしろ新たなテクノロジーというモーメンタムを得ていた。まさかリムブレーキのバイクがマーケットから絶滅したことにより、ハンドメイドバイクの世界で再脚光を浴びるとは思わなかった。

紹介したいバイクはまだまだあるが、そろそろまとめるとチタニウム素材はレイノルズ、コロンバスから多くのチューブが供給されるようになり、3Dプリントの発達でフレーム製作の自由度が上がった。特にSLS(レーザー焼結)方式(粉末状の材料にレーザービームを照射して融解・凝固される成形方法)の特許が2014年に切れたことにより、低価格化が進んだのが大きい。さらに、ホッジズ氏に言わせると、単純にスティールより多くの金額をチャージできるため、ビジネスとしてチタニウムを選ぶのは正しいという。フレームワークのように3Dプリンティングされたチタニウム製フレーム小物は多孔質であるため信頼を置かないビルダーも存在するが、これは技術の発達により解消される問題だと個人的に思う。

SRAMがMTB向けに策定したUDHについても、多くのビルダーに「次期Redで採用されるのか」と問うてみたが、リヤディレーラーエンドを廃して直接スルーアクスルにリヤディレーラーをマウントする方向には間違いなく進むが、現状のMTB向けトランスミッションはリヤディレーラーも巨大で、スティールでエンドを製作すると重くなるため、ロードバイク向けのトランスミッションはMTBとは違ったものになるだろうという予想が大多数だった。

この素晴らしい時代にオーダーを

さて、ここまで読み進めてもらい、自らオーダーしたいと思ったフレームビルダーに出会ったなら、是非直接ビルダー本人にコンタクトしてほしい。冨井氏が「日本人は直接連絡してくれない、代理店で買いたがる」と言ったのが印象的だった。日本人のメンタリティとしてお店でメンテナンスなどをしてもらうため、日本の自転車店で注文→自転車店は国内代理店に注文→代理店がフレームビルダーに注文するという手順をどうしても取りたくなるが、物価もドルも安く、ネットもなかった時代ならいざ知らず、この時代に同じようにオーダーするとアメリカの価格の3倍以上になるだろうし、恐ろしく時間がかかる。『ロスト・イン・トランスレーション』と言う映画があるが、翻訳で失われるものは多いのだ。

しかもビルダーの間に2者も入ってしまったなら、それはもはや似た別の何かを買うのに近いのではないか。今は自動翻訳も進化し、英語でやりとりするハードルも下がった。フレームビルダーと直接やりとりして、思い通り、もしくは想像以上のフレームが完成した時の喜びはひとしおだ。もちろんトラブルも起こり得るが、そもそも絶対にトラブルを許容できない人はガラス張りの綺麗なコンセプトストアで完成車を買った方がいい。

筆者は25年近く自転車ビジネスに関わってきた。現在は零細輸入代理店を営んでいるが、代理店としての立場で言うと、近年の業界を取り巻く状況はまさに悪夢だ。弱い円、輸入コストの上昇、コロナ禍による過剰在庫、追い打ちをかけるかのようなD2Cの普及。ネットサーフィン中に新しく立ち上がったブランドを発見して連絡を入れても、ほとんどの場合は輸入代理店向けの価格を設定していない。小売店が購入するのと同じような仕切率で仕入れ、国内の小売店に卸すことになるが、小売店としても代理店としても旨味がほとんどない。ソーシャルからは日常的に自転車店の怨嗟が聞こえてくるが、本当につらいのは代理店である。

零細中間業者の未来は極めて暗い。逆に小売店には無限の可能性が広がっている。MADEに出展しているようなフレームビルダーを仲介して顧客に販売してある程度の利益を残すことができる。英語へのアレルギーを持つ人、クレジットカードを持っていない謎の現金主義者などは喜んで小売店経由で注文するだろう。

一昔前はフレームビルダーというのは連絡がつきにくく、メールをしても返事が帰ってこないなんてことは普通だったが、今ではほとんどのブランドが立派なウェブサイトを持ち、場合によってはコンフィギュレーターまで実装してフレームの仕様、塗装などを選んで価格を知ることができる。多くの場合、オンラインで$500ほどのデポジットを払った時点から具体的なプロセスがスタートする。アメリカでは相談すらも有料なのだ。この記事を布団の中で読んでいる人もいるだろう。布団の中で気になるブランドに出会い、そして決済まですることができる。なんて素晴らしい時代なのだろうか。

あとがき

今回改めて転載するにあたりLa routeをチェックしたのですが、失われるのが本当にもったいないと思いました。閉鎖する理由を当事者に聞いたわけではありませんが、漏れ聞く話ではミュージシャンでいう音楽性の不一致のようなもので、永遠に本当の理由は語られることはないでしょう。第三者のオノ・ヨーコが介在したのが原因だというような話ではなく、単純にジョンとポールの話です。再びこのような自転車メディアが生まれるのであれば、ぜひ僕も執筆させていただきたいと思います。

ハンドメイドバイク業界のトレンドでいうと、あれから1年経ってどのような変化があったのかは今年のMADEに参加していないので正直よくわかりません。とは言え、今面白いなぁと思うのがMTBの、しかもDHIのカテゴリーです。F1と違ってチーム予算の上限や、オフシーズンテストの制限がないので、実はメーカーがやりたい放題の無制限なのです。いちおうはUCIルールで禁止されているはずのタイトフットなキットが蔓延しているし、最近話題なのはチューンド・マスダンパーです。

世界選手権を制覇したTREKのロリスもフォーク・クラウンとメインフレームのBB下にマスダンパーを仕込んでいましたし、フレーム素材は今でもアルミが幅を効かせているし、ロードレースのようにS-WorksやCANYONみたいな大資本のバイクが速いと言う訳ではなく、アンドラ公国の小規模ブランドであるコメンサルがスペシャライズドに勝つことができるような、極めて多様性と手仕事に満ちた、夢のある世界なのです。

もし余裕があれば、来年3月のPhilly Bike Expoに興味があります。ジョンでもポールでも良いのでご連絡をお待ちしております。

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